DOCTOR INTERVIEW

病理診断科
長村 義之部長
YOSHIYUKI OSAMURA

病気の原因を探る病理診断科の役割
病理診断科は、病気の原因や進行状況を解明するために、患者さんから採取された組織や細胞を顕微鏡などで詳しく観察し、診断を行う診療科です。とりわけ、がんの診断がわかりやすい例になります。例えば、胃の内視鏡検査で疑わしい部分が見つかった際には、そこから組織を採取し、標本を作成して診断を行います。この診断方法を「組織診断」と言います。この診断を基に、患者さんが『がんかどうか』を判断し、その結果を臨床の担当医に伝えます。担当医はその情報を基に治療方針を決定し、手術やその他の治療方法を患者さんと相談して進めていきます。
もう一つ、「細胞診」という診断方法があります。これは組織を採取するのではなく、腫瘍がある部分に注射器を用いて細胞を吸引により採取し、その細胞を顕微鏡で観察して診断します。様々な診療科から送られてくる組織や細胞の診断を受け持ち、数日以内に結果を返しています。
当科には病理診断の専門医、病理専門医、口腔病理専門医が在籍しており、専門医機構や病理学会から認定を受けています。細胞診や標本作成を担当する臨床検査技師や検査士がチームとして連携し、診断業務を進めています。このように、当科は患者さんの治療方針を決定するための重要な役割を担っています。


患者接点が増え、より高まる病理診断の重要性
私は病理診断科の医師として、この診療科の役割が大きく変わってきたことを実感しています。以前の病理医は、いわば「医師の医師」としての立場で、患者さんと直接接する機会は殆どありませんでした。しかしながら、2007年の医療法改正により、「病理診断科」が診療科目として正式に認められたことで、私たちの立場も大きく変わりました。病理診断科が標榜されるようになったということは、患者さんの治療に直結した診断をして、医療行為として診断するという新しい役割が与えられたということです。
病理外来を開設している医療機関では、患者さんが直接私たち病理医と話をしたり、診断内容について説明を受けたり、別の病理医に意見を求めるセカンドオピニオンを受けることができるようになりました。このように、病理医が患者さんと直接向き合い、診療に関わる機会が増えていることは、私たちの仕事に新たな意義をもたらしています。
私は、日本病理学会の理事長を務めた際、病理診断科の標榜化や組織細胞診断の保険収載を実現するために尽力しました。2009年には細胞診が医療行為として正式に認められ、2010年には「細胞診断料」という新しい項目が保険に加わりました。これにより、私たち病理医の診断がより広く医療現場で活用されるようになりました。


病理学を臨床医学として確立するために尽力
私が病理医を目指したきっかけは、大学時代に参加した病理学のスモールグループでのディスカッションでした。顕微鏡を通して観察する細胞や、手術で取り出された臓器を直接見て、それがどのような病態を示しているのかを考える病理学のスタイルに強い魅力を感じました。特に、細胞を染色した際に現れる青と赤の美しいコントラストには圧倒され、まるでアートに触れたような感覚を覚えました。この視覚的な美しさと科学的な探究の融合が、私を病理学へと引き込んだのです。
また、病理学の魅力は、病態の本質を目に見える形で理解できる点にありました。顕微鏡で見たものを基に診断を下すという、病理学ならではの直感的かつ科学的なアプローチが私の性格に合っていると感じました。
大学を卒業後、慶應義塾大学医学部病理学教室に入局しましたが、すぐにアメリカのコロラド大学へ留学しました。ここでの3年間のレジデント期間中、病理学教育の体系化や診断技術の進歩に感銘を受けました。アメリカの病理学はすでに診断が臨床応用に特化しており、日本とは異なる実践的な教育スタイルに触れることで、自分自身のスキルを大きく向上させることができました。
帰国後は、恩師である渡辺慶一先生のお誘いを受け、東海大学の医学部と病理学教室の立ち上げに参加しました。この時期は全力を注ぎ、病理診断学を軌道に乗せるために尽力しました。また、コロラド大学で創始者の中根一穂先生に直接学んだ酵素抗体法を日本に導入し、これを応用して分子病理学や下垂体腫瘍の研究を進め、国内の病理診断の発展にも大きく寄与しました。その後も、病理学教育や研究、診断技術の向上に取り組みながら、日本の病理学を臨床医学として確立するために力を尽くしました。


病気への理解を深める病理外来
近年、「病理外来」という仕組みが少しずつ普及し始めています。病理外来では、患者さんが自分のがん組織や診断内容について直接病理医から詳しい説明を受けられ、また別の病院での診断結果をセカンドオピニオンとして確認してもらうことも可能です。この仕組みは、患者さんが主治医から受けた説明をさらに深く理解するためや、インターネットで得た情報を基に具体的な質問をするための場として非常に有効です。
当院でもセカンドオピニオンの一環として「病理外来」を開設しています。病気に対する理解を深めたい、診断内容を確認したい、治療の選択肢について知りたい、といったご希望があれば、ぜひ「病理外来」をご活用ください。

病理診断のデジタル化と染色技術が支える診断精度
これまでの病理診断は、医師が顕微鏡を使って患者さんから採取された組織や細胞を直接観察し、診断する伝統的な手法で発展してきました。しかし、近年では技術の進歩により、診断のデジタル化が進んでいます。かつては、診断のための標本や画像を他の病理医と共有する際、郵送でのやり取りが一般的でした。今では、顕微鏡で観察した画像をデジタル化し、ネットワークを通じて瞬時に共有することが可能です。例えば、海外の病理医に画像を送って診断を依頼することも容易になりました。このデジタル化によって、患者さんがセカンドオピニオンを受ける際にも迅速かつ正確な対応が可能になりつつあります。デジタル化された画像は、顕微鏡で直接観察する場合と遜色ないレベルまで進化しており、モニターやディスプレイの性能も大幅に向上しています。今では、まるで顕微鏡標本を見ているかのように美しい画像を確認できる時代になりました。その一方で、病理診断の質を左右するのは、標本の「染色」の技術です。どれだけデジタル化が進んでも、良い染色がされていなければ、診断の精度に影響が出てしまうのです。そのため、標本を作る技師の力量が重要な役割を果たしています。


AIは診断を補助し、見落としを防ぐ「パートナー」
医療分野でのAI(人工知能)の応用が進む近年、病理診断においてもその技術が注目を集めています。アメリカでは、前立腺がん、乳がん、胃がんなど特定の疾患に対応したAIソフトがすでに認可され、実用化が進んでいます。これらのAIシステムは、デジタル化された病理画像を解析し、腫瘍の有無や細胞の悪性度、腫瘍細胞の分布を高精度に識別します。これにより、病理医が微細な変化も見逃さない、診断の精度を大幅に向上させることが可能です。
AIの病理診断への応用が注目される背景には、我国では病理医の数不足や、より精度の高い診断へのニーズがあります。しかし、AIが病理医に取って代わることはありません。AIはあくまで診断を補助するツールであり、最終的な診断と判断は病理医が行います。AIは、病理医の負担を軽減し、診断の信頼性を高める「パートナー」としての役割を担っています。
とりわけ日本では、病理医が不足している現状において、AI技術の導入は大きな可能性を秘めています。一人の病理医が多くの診断を担当しなければならないケースでも、AIが補助することで、診断の質を維持しながら、患者さんに迅速な医療を提供できます。現在、日本でも一部の病院でAIを試験的に導入する動きが始まっています。当院においても、段階的にテストを進めている最中です。AI技術の進歩と普及により、今後はさらに多くの医療機関でAIが活用され、病理診断の質と効率が向上すると見込まれています。
AIと病理医が協力することで、医療の質はこれまで以上に高まります。最先端技術と専門家の知識が融合することで、より多くの患者に安心で適切な医療を提供できる未来が現実になろうとしています。

長村 義之
病理診断科部長・病理診断センター センター長・慶應義塾大学医学部客員教授・東海大学名誉教授
- 1970年 慶應義塾大学医学部卒業
- 1970年 アメリカ コロラド大学病院 病理レジデント
- 1973年 同 リサーチフェロー
- 1974年 アメリカ ヘンリーフォード病院 外科病理クリニカルフェロー
- 1975年 東海大学医学部
- 1988年-2010年 東海大学医学部基盤診療学系病理診断学 教授
- 1996年-2005年 東海大学医学部 副学部長
- 2009年-2018年 アメリカ カリフォルニア大学医学部 臨床教授
- 2010年-2016年 国際医療福祉大学病理診断センター センター長
- 2010年-現在 東海大学名誉教授
- 2010年-2017年 国際医療福祉大学大学院 教授
- 2016年-現在 慶應義塾大学医学部 客員教授
- 2017年-現在 日本鋼管病院病理診断科部長
- 国際病理アカデミー(IAP)元理事長
- 国際細胞学会(IAC)元理事長
- 日本病理学会 元理事長
- 日本臨床細胞学会 元理事長
- 内分泌病理学
- ゲノム病理学
- 細胞病理学
- デジタル病理学